「みんなで決める」に甘えるな

デザイナーのばっこです。 最近、社内の取り組みについて時間を割くことが多いのですが、ひとつ気づきがあったので共有したいと思います。

なるべく「みんな」で決めたい

僕はデザイナーという職業柄、何事もなるべく「みんな」で決めたいという思いがあります。

というのも、UIデザインをするにも、UXデザインをするにも、一人で持ち帰ってじっくり考え込むよりも、まずはたたき台を出して、様々な観点の意見をもらってから作り込む方が良いものができるという経験を何度もしているからです。

ましてや、社内の取り組みともなれば、なおさら当事者の「みんな」の意見を取り込んだ方が良いに決まっています。

「みんな」に聞くと、決まりにくい

しかし、いざ「みんな」に聞いて見ると、なかなか意見が集まりにくく、物事を決めにくいということが何度かありました。

というのも、当事者の僕だけは、自分の都合の良いタイミングで、自分の興味のある事柄について取り組むことができているのですが、みんながみんなそのタイミングでその事柄に興味があるわけでもなく、考える時間があるわけでもなく、突然意見だけを求められても困るわけです。

そういった状況は理解しているつもりなものの、実際問題そこからどう進めるべきか悩んだ結果、独断で進めてしまうことに決めたのですが、そのときにひとつ気づきがありました。

責任を背負う覚悟

独断で実行してしまおうと考えた途端に、『「みんな」の同意を得てやるわけではないのだから、実施して良かったという状況にしなければいけない』という責任が生まれました。

そこで気付いたのが、恥ずかしながら、取り組みをより良くするために「みんな」に聞いていたつもりが、実は、上手くいかなかったときの責任を分散するために同意を得ようとしている面があったなと。

「意見ありませんか〜?」と聞いてばかりで実行しないでいるのは、みんなの意見を聞いているのではなく、責任を負わずに済ませようとしてるだけでした。

自分が「こうした方が良い」という思いがあるのであれば、それをやると宣言した上でさっさと実行してしまって、その結果やフィードバックを受け入れる覚悟が必要です。

実行した上でも「みんな」の意見を聞くことはできるので、実行できない理由にしてはいけないな、そこを履き違えてはいけないなという気づきでした。